石の街が誇る近代建築② カトリック松が峰教会聖堂

いよいよ明日11月19日(土)、本展の先行関連事業の3回目となる
宇都宮市文化会館×宇都宮美術館 連携企画 ファミリー・コンサート「大谷石に刻む永久の響き」

http://ishinomachi2017.jp/%E9%96%A2%E9%80%A3%E4%BA%8B%E6%A5%AD%E3%81%AB%E3%81%A4%E3%81%84%E3%81%A6/#03

が開催される予定です。
このコンサートは、事前入手の無料聴講券が必要ですが、券の配布開始日に「完配御礼」となりましたので、ここでは会場となる聖堂の建築について、解説の続編を記したいと思います。まずは、先に公開した記事

 

をご一読ください。

概要データ
所在地:宇都宮市松が峰
竣工年代:1932年(昭和7)
設計者:マックス・ヒンデル[注1]
施工者:施工統括=宮内初太郎(宮内建築事務所、横浜)、石工棟梁=安野半吾(宇都宮)
建築構造:鉄筋コンクリート造(一部木造)2階建て+4階建ての塔屋付き、外壁大谷石張り(聖堂内の構造柱も一部大谷石張り)、銅板葺き
建築様式:ロマネスク・リヴァイヴァル
文化財指定・各種の賞等:国登録有形文化財(1998年)No.09-0013、宇都宮市まちなみ景観大賞(2002年度)、宇都宮市うつのみや百景(2003年)

カトリック松が峰教会聖堂、正面玄関に至るアプローチ階段|2016年|宇都宮市松が峰 撮影=大洲大作 (C)Daisaku Oozu
カトリック松が峰教会聖堂、正面玄関に至るアプローチ階段|2016年|宇都宮市松が峰
撮影=大洲大作
(C)Daisaku Oozu

張り石のロマネスク・アーチ
先の解説でも記したように、この聖堂を特徴づける建築意匠は、丸い「ロマネスク・アーチ」です。二次元では「半円形」、三次元化されると、蒲鉾形の「ヴォールト」(穹窿)や半球形の「ドーム」(同)となります。石や煉瓦を「積み上げる」構造、すなわち「組積造」を主体とする西洋建築では、アーチの導入が、歪みや引っ張りに弱い組積造の建物に強度を与え、ヴォールトやドームによって、高い天井と広々とした空間がもたらされました。故に、神に捧げる大伽藍を目指す教会建築は、アーチ建造の技術発展の賜物に他なりません。
これに対して日本では、特に大谷石建造物の場合、木の柱・梁構造に石を張る(張り石)、または石を積み上げる(積み石)構造のいずれかで、後者に於いても、屋根は「石のアーチ」(ヴォールトやドーム)ではなく、「石の壁に木の小屋組を載せる」方法が採られました。その理由として、そもそもわが国には、柱・梁構造、つまり木を用いた架構式建築の伝統があり、かつ軟らかい石の性質上、大きな荷重が掛かるアーチを築くのに大谷石は適さなかったことが挙げられます。
さらに、この聖堂に関しては、いわゆる「フランク・ロイド・ライト以降の鉄筋コンクリート造・大谷石張り」を採用しているため、正面玄関に張り出す半円形ポーチ、窓周り、太い構造柱で支えられる内部の大きなヴォールトなどは、純然たる積み石のアーチではありません。外部に見られる無数の盲アーチ(貫通していないレリーフ状のアーチ)と同じく、すべて鉄筋コンクリートの躯体に、さまざまな形状の石を張ったものです(内部のヴォールトは漆喰仕上げで、柱周りが張り石)。

カトリック松が峰教会聖堂のディテール(模刻)|2016年|制作=大谷石産業 撮影=宇都宮美術館「石の街うつのみや」展 調査・撮影チーム (C)Utsunomiya Museum of Art
カトリック松が峰教会聖堂のディテール(模刻)|2016年|制作=大谷石産業
撮影=宇都宮美術館「石の街うつのみや」展 調査・撮影チーム
(C)Utsunomiya Museum of Art
カトリック松が峰教会聖堂、内陣|2016年|宇都宮市松が峰 撮影=大洲大作 (C)Daisku Oozu
カトリック松が峰教会聖堂、内陣|2016年|宇都宮市松が峰
撮影=大洲大作
(C)Daisku Oozu

宇都宮ならではの石の聖堂
では、こうした「張り石のロマネスク・アーチ」が、単なる表面装飾で、また、そのような意匠を擁する組積造風の「石の聖堂」は、近代日本の悪しきエピゴーネン建築かと言うと、決してそうではありません。大谷石を使う以上、鉄筋コンクリートと組み合わせずして、「強度」「高い天井と広々とした空間」は実現できないため、れっきとした構造上の意味があり、かつ「本格的な大伽藍」という建物の用途を満たすロマネスクの意匠も、石を丹念に切って張ってこそ生み出されたのです。そのことを、設計者のヒンデルはしっかりと見極めていたと考えられ、よって「ライト以降」でありながら、アヴァンギャルド、アクロバティックなデザインの大谷石建造物とはしませんでした。
ちなみに、聖堂の完成に心血を注いだイッポリト=ルイ=オーギュスト・カディヤック神父[注2]は、当初、松が峰の地で「大谷石積み石造り平屋建て、瓦葺き」の伝統的な――わが街・わが里で独自に育まれたスタイルの旧・聖堂(現存せず)を祈りの空間とし、ライト館の竣工と関東大震災(ともに1923年)を経たのち、今日に至る聖堂をヒンデルに依頼しています(1927年)。一方、ヒンデルは、祖国のスイス、ヨーロッパの近代建築の都・ウィーン(オーストリア)などで知見と経験を積み、「ライト以降」に来日してからは、まず札幌で、やがて横浜に移ると、各地で「その地域に適した素材・工法」を用い、「時代や流行に与しない」優れた教会建築を手掛けました。スタイルとしては、いずれもリヴァイヴァル様式です。

カトリック松が峰教会聖堂の模型(150分の1)|2016年|制作・撮影=模型工房「さいとう」|制作監修=大谷石研究会+宇都宮美術館 (C)Utsunomiya Museum of Art
カトリック松が峰教会聖堂の模型(150分の1)|2016年|制作・撮影=模型工房「さいとう」|制作監修=大谷石研究会+宇都宮美術館 (C)Utsunomiya Museum of Art
カトリック松が峰教会聖堂、正面玄関ポーチ|2014年|宇都宮市松が峰 撮影=橋本優子
カトリック松が峰教会聖堂、正面玄関ポーチ|2014年|宇都宮市松が峰
撮影=橋本優子

展覧会の見どころ
カトリック松が峰教会聖堂について、「地域の近代建築」としての真髄を来館者に伝えるために、今回の展覧会では、「石の表情」が窺われる撮り下ろしの写真、「ロマネスクの意匠」の再現(模刻)、精巧な建築模型、聖堂を描いた美術作品などを展示します。なかでも必見は「模刻」と「模型」で、前者は聖堂で使われている石と同じ「虎目」[注3]によるもの、そして後者は150分の1スケールで、建物の全貌をご覧いただけます。

カトリック松が峰教会聖堂のディテール(模刻)|2016年|制作=大谷石産業 撮影=宇都宮美術館「石の街うつのみや」展 調査・撮影チーム (C)Utsunomiya Museum of Art
カトリック松が峰教会聖堂のディテール(模刻)|2016年|制作=大谷石産業
撮影=宇都宮美術館「石の街うつのみや」展 調査・撮影チーム
(C)Utsunomiya Museum of Art
ダイヤモンド・カッターで裁断・研磨した大谷石(虎目)|2016年|加工=大谷石産業 撮影=宇都宮美術館「石の街うつのみや」展 調査・撮影チーム (C)Utsunomiya Museum of Art
ダイヤモンド・カッターで裁断・研磨した大谷石(虎目)|2016年|加工=大谷石産業
撮影=宇都宮美術館「石の街うつのみや」展 調査・撮影チーム
(C)Utsunomiya Museum of Art


1. Max HINDER:1887~1963年、スイスのチューリヒ出身。1924年に建築家として来日、札幌で活動。1927年、横浜へ移り、設計事務所を設立。1935年、事務所を解散。1940年に離日。戦中はベルリン、戦後はレーゲン(ドイツ)に居住、同地で逝去。
2. Hippolyte Louis Auguste CADILHAC:1859~1930年、フランスのミヨー近郊、ラ・カヴァレリー村の出身。1882年にパリ外国宣教会から来日。1888年、宇都宮天主公教会を設立(川向町)。1895年、現在地(松が峰)へ移る。聖堂起工の前年、東京で逝去。
3. 大きな「ミソ」が多数含まれる「荒目」の大谷石の一種で、「ミソ」の生み出す縞文様が「虎の皮」を思わせます。産出量が少ないため、珍しい石材として珍重されて来ました。